エッセイ・論考

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人、場所、時代の個性をチャンプルー

建築家の佐久川一さんは、日々、チャンプルーづくりに腕を振るう。

ただし、彼がつくるチャンプルーには、ゴーヤーも豆腐も入っていない。包丁もフライパンも使わない。そもそも、それは食べられない。しかも、完成するまでに1年以上かかる。

「設計というのは、チャンプルーです。施主さんの要望、敷地の特徴、予算、手に入る材料。そうしたさまざまな要素を混ぜ合わせ、ちょうどいいバランスを探る中で建物が出来ていく。最終的にどんなチャンプルーが出来上がるのか、毎回楽しみです」

混ぜ合わせる“具材”は多岐にわたる。例えば、敷地の広さや地形、立地環境、光の差し方、風の吹き方。そして、施主さんの要望や事情。どんな建物を望むのか。どんな暮らしを思い描いているか。家族構成は。予算は。敷地ごと、施主ごとに異なるそうした条件をすくい取って設計に盛り込んでいく。

「だから、完成した建物はどれも個性的になる。僕の設計が個性的だからではなくて、敷地や施主さんの中にある独自性が建物になって表れ出るからです」

そうは言っても、やはり佐久川さんの設計には、彼にしかない個性がある。コンクリートや木でできているのに、まるで血の通う生命体のように思える建物を創造する力。環境に優しい建築を一貫して探究してきた姿勢。そして、半世紀近く変わらない、こんな仕事観がそれだ。

「好きな言葉があります。『私がベストを選ぶのではなく、ベストが私を選ぶ』。自分にとって何が最善なのかは、僕には分からない。だから、与えられる出会いや仕事に自分を委ねて、導いてもらうようにしています」

建築家の佐久川一さんにとって、設計は「チャンプルー」。敷地のクセや施主さんの要望から、時代とともに変化する価値観や住まい像まで、「導かれるままに」という柔軟な心で受けとめて、混ぜ合わせ、建物にしていく

不思議なことに、「導かれるままに」という心構えでいると、面白い体験が向こうからやって来る。最近も、先端的なエコ住宅を設計する機会を、若い施主さんが思いがけず運んできた。

エコ住宅なら、過去に何度も佐久川さんは手がけてきた。エアコンに頼らずに済むように、窓から風を取り込んで、家中にめぐらせる設計上の取り組みを実践してきた。だが、そうしたやり方では、夏の耐えがたい暑さや雨期の不快な湿気まで一緒に室内に取り込まれてしまう。

「僕らの世代は、『それが沖縄の気候だから、仕方ないね』という感覚だった。だけど、『我慢して住むのですか。他に方法はないのですか』と若い施主さんから疑問を投げかけられた」

我慢しないと住めない家は、快適とは言えない。ハタと感じた佐久川さんは、施主さんの提案に沿い、外の暑さや湿気を中に持ち込まない家を設計した。内断熱、外断熱、二重ガラス窓から成る厚い断熱層にくるまれた室内は、エアコンを少し使うだけで一定の温度と湿度に保たれる。もちろん、外気を取り込もうと思えばできる工夫も施した。天気に応じて外とつながったり、つながらなかったりできる柔軟なエコ建築が完成した。

「新たな挑戦をして、期待に応えられた時は喜びが大きい。新しい考えや技術を吸収して、次のステージに進んでいきたい」

変わりゆく価値観も、新しい時代の住まい像も、導かれるままに受けとめて、佐久川さんのチャンプルーは味を深めていく。

環境問題に詳しい施主さんと5年がかりで完成させた名護市のエコ住宅。建物全体が、いわば魔法瓶のように厚い断熱層にくるまれているおかげで、室内は外の温度や湿度に影響されにくく、常に快適な状態に保たれる

断熱層で外気を遮断する一方で、逆に外気とふれあえる工夫も。その一つが風を肌で感じられ、しかも目に美しい玄関テラス。「佐久川さんの設計は機能的で、その上芸術的な遊びもある。日常を美しくしてくれる」と施主の深田友樹英さん

約半世紀におよぶ設計活動で、佐久川さんは、建築の固定観念にとらわれない、アートオブジェのような風貌の建物を多く生み出した。土いじりを趣味とする夫婦のために設計した「ハルヤ」はその好例。おとぎの国の建物のように楽しい

赤瓦を独創的に使った22年前の作品では、建物が立つ首里の地域性まで“チャンプルー”。地下から2階までを、首里の路地をめぐる感覚で行き来できるデザインでつないである(この写真と上の2枚は提供写真)

『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<59>
第1943号 2023年3月31日掲載

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