エッセイ・論考

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草の根の愛と知恵と行動

 菜食を始めた頃、付き合いが悪くなったとよく友人に言われた。付き合いの場で飲食を共にするのが世間の習慣である。時折、仕事の付き合いで外食をする際、不便を強いられることがある。ひとりだけレストランのメニューに無い料理を特注しなければならない。“肉、魚、卵、ねぎ類は使わないで”と頼んだつもりだが、何故かポークやかまぼこが入っていたりする。ポークやハムは肉ではなく、かまぼこは魚ではないのか?知覚できる情報も正確に伝わらずよく錯覚を起こす。私たちは固定観念の習慣化した日常にどっぷり漬かって生活している。形の見えない状況に対する私たちの感覚は心もとない。牛や豚や鶏がどのようなプロセスで食品になるかを考えることなく味覚に頼ってしまっている。誰も動物が殺される情景など思い浮かべたくはない。もしも、殺される瞬間の波長が消えずに残っているとしたらどうだろう。恐怖の叫びまで一緒に食べてしまっていたらどうだろう。何を食べたって結局、他の生命を犠牲にしているのではないかと言うかも知れない。その痛みの度合いはそれぞれの想像力に委ねるとしよう。そこには生存の法則が働いているに違いない。さまざまな日常とどう付き合うかはとても大切なことのように思う。もちろん相手は人間だけではなく、動物、植物、無生物一切を対象に入れて考えるべきだろう。

 以前、数人の仲間と一緒に農園を始めたことがある。自給野菜をつくろうとしてスタートした日曜農場は次第に品目がふえて農業経験のない者たちの遊農実験場になっていった。自給自足にはほど遠く自給補足もままならない日曜農園の‘ちゅくいむじゅくい’(農産物)は出来不出来のバラエティに富んでいる。ある日、仲間のひとりが東京からりんごの苗木を抱えてきた。南国にリンゴの木とはいささか気がかりだが、寄付した人とそれを持ち帰った人の思いが笑いをさそった。松の木の下に植えてみたが生育は心もとない。 いつしか周辺にパイナップルが小さな実を付けるようになった。その実は、そこら中に落ちている ‘松かさ’ によく似ている。松かさの形とリンゴの実のイメージが重なってパイン(松)とアップルの合体した「パイナップル」の名前がついたのだろうか?視覚と味覚が結合して新しいイメージを生み出している。日頃、何気なく使っている方言名など意味不明な言葉が多い。かぼちゃのことを“チンクワァー”と呼んでいる。沖縄語と思っていたら、農場に手伝いに来た台湾の人も同じく“チンクワァー”と発音していた。尋ねてみると「金瓜」と書くそうだ。漢字にして見てなるほどとうなずいてしまった。音の響きは形をよび、形象化された文字は視覚を通じてイメージを伝えている。感覚器官の助けをかり、五感の働きを通じて物事に触れ、そして潜在意識の力によってそれを理解しようとする。日常の中に自然と触れ合う機会を増やすことは人と人の出会いを呼び、その経験は理想の暮らしを現実に近づける。

 現実の生活は多様化が進む一方で仕事や遊びを画一的なパターンに押し込み、生きるために食べなければならない厳しさと食べるために生きている虚しさの二つの顔をつくり出している。多様化の流れの中に身を浸している忙しい日常とその裏側にある素顔の現実。いずれも幸福を追い求めている。物と心の世界を飛び交う気ままな自由はひたすら感覚を刺激し続けるとしても、その変化の産物は幸福の種子を含んでいるのだろうか?

喜びの遊びのない喜びは喜びとは言えない    
活動のない遊びも遊びとは言えない     
活動は喜びの遊びである

 とインドの詩人(タゴール)は言っている。遊びのない喜びの対象に身をやつしてか、活動のない遊びに翻弄されてか、人々はくたびれているかのように見える。私たちは生活のハーモニイを保つことが困難な時代を生きている。交通手段が増え電化設備が充実して便利になっていくはずの私たちの日常生活は、その便利さと引き換えに単純で神性なことへの不信を募らせていく。青い鳥の住みかを探し求めてさまよう日々、夢が現実を象徴するものなら、素顔の現実こそ神の理想を写す鏡なのではないか。“活動は喜びの遊び”であるためには心は潜在意識の範囲を抜け出して超自然的な世界へと旅立たなければならない。

心が喜ぶ遊びと働きを常に意識していることが大切なのだと思う。
働きがいのある仕事をどのように生み出していったらいいのか。
きままな自由を“喜びの遊び”へ転換させる愛の力、湧き出る情熱を献身的な愛へ導く新しい作法が求められていいのではないか。 「愛をいだいてはたらくことで、ひとは、初めて自分自身と、自分以外の人と、そして神と、つながることができる。・・・・・働くことは目に見える愛だ。」(『預言者』カリール・ジブラン著)と言っている詩人もいる。心を広げる愛の力が人と人を結ぶ。その力を養うことが新しい意識を呼び込む。意識の目覚めは新しい価値観を伴って生活のヴィジョンを広げていくに違いない。

「海の家」の計画は、もうひとつの住宅「山の家」と一対の関係を保ちながら同時に進められた。(ギャラリーページ参照)ひとつの街の中で一方は山のふもと、もう一方は海辺に位置している。環境の異なる二つの家のつながりを通じて、相互のスピリチュアルな関係を探ろうというのが計画のサブテーマであった。“みんなともだち”と海と山が反響し合うことを期待していた。海と山の際のやさしさをストレートに表現しようとする造形的試みは想うように形になったとは言えないが、関係性を考えるプロセスは目に見えない力を呼び込む。そして、その過程で困難な壁に突き当たる。その壁を超えるには現実との戦いを余儀なくされることもある。喜びの遊びの中でいかに想像力を深めていくか、その働きが心の支えになり、無限の愛に導かれることもある。限りのない愛を求めることがあらゆる活動の源泉になっていくのだと思う。

デザインの可能性もまた現実のさまざまな障壁にぶつかって開花の時を迎えるのだろう。家は幸福を求める生活者の精神的成長を助けるものなら、愛の対象は潜在意識の領域を超えていく。家族のさまざまな感情に囲まれて子供が育つことを思えば、家は人が世界と出会う最初の社会単位である。そして世界は家・村・街・地域・地球・太陽系・銀河系・大宇宙へとひろがっていく。ひとり一人がより高い次元の愛情に触れることのできる地域環境をどのようにつくっていくか?ひとり一人の日常の中に超俗的な飛躍のカギが隠されていると思えば、俗性にかかわる日常の再編に取り組むチャンスはいっぱいあると思う。魚にとって海の珊瑚は神聖な森であるように、開花寸前の陽気に満ちたデイゴの木は天をあおいで踊っている。

「ちんぼーら」の家主は建築する前、敷地を菜園として利用していた。民家の裏庭に残るアタイグワァー(家庭菜園)である。伝統的な民家に見られる無駄のない庭の活用と、住み慣れたLDKタイプの間取りを組み合わせた平屋のイメージを描いていた。新興住宅地の新しい街の顔と旧集落のイメージが背中合わせに合流する現代風の民家を想定した。 菜園を続けていけるようにすること、正面にヒンプンのある家の構えを今の暮らしに見合う形にすることなど民家のスタイルを意識的に取り入れている。 (ギャラリーページ参照)計画中、家主の案内で風水師を訪ねた。“イッターヤーヤマーンカトーガ”家は何処を向いているか?“ヤーヌチューシノーマーヤガ”家の中心はどこか?敷地の前後左右の関係、間取りの主従のバランスを示唆された。彼は風水の科学的適合性を強調していた。

戦後の生活文化は車社会へ移行してその外観を大きく変えた。アメリカンスタイルが取り込まれ、カーカルチャーは民家の庭まで侵入するようになった。屋敷林や生垣に変わってコンクリートブロックが登場し、家並みを象徴していたヒンプンは車に取って代わった。 歴史を振り返れば、社会的、経済的に自立することを遠ざけられてきた人々はその節々で劣等意識を植え付けられたまま、不安コンプレックスを抱え込んでしまった。 そのために精神的、経済的、政治的にも搾取されることを余儀なくされてきたと思う。 それは当然のように生活文化の領域にも入り込んで、表現の自由をも奪っている。 人々の生活は物質的に豊かになったかに見える反面、文化的基盤は崩れてしまって心の拠り所をなくしている。復帰後はさらにスードーカルチャー(偽文化)の侵入を加速していった。

人間的交流が基本にある限り異文化との接触によってアイデンティティを失うことはない。しかし、現実は精神的交流を思う余地はなく、一方を切り捨てたまま多様化の波に流されていく。

「モーイユ」の計画は、閉塞していく生命環境をよみがえらせることをテーマに考えを巡らせていった。街中の八方塞の袋小路の敷地に光と風を呼び戻す作業だった。モーイユの“モー”は「野」、“イユ”は「魚」、文字を入れ換えて“モーイ”は「踊り」、“ユ”は「世」と組み合わせる。地を這う魚、あるいは魚にたとえた生命体の自由な活動をイメージしている。 海の中で発生した生命形態が最初に背骨を持つに至ったのが魚だと思うと、魚は生命現象の変革によって出現した偉大な奴だと感心してしまう。意識の発達に応じて生命体はその骨格を変える。発達段階のそれぞれの生命体は魂を培養する精巧な機械のように思えてくる。自由に踊る魚のイメージは、魚というunit(個)の感覚と魚の住む海というunity(全体)の存在を思わせる。魚は海の中でこそ自由であり、それぞれのユニットはユニティの存在に気付いた時はじめて自由を知ることができる。ユニットとユニティの関係は“みんなそれぞれ”という表現がふさわしい「多」と、“みんなともだち”という「一」の関係に似ている。その両方をつなごうとする発想は海の家・山の家の試みと共通している。

“際のやさしさ”を意識的に表現しようとする計画レベルの作業は壁にぶつかる。 ユニティの存在に気付くことの困難な現実に直面する。

社会集団の主流が物質的な願望に執着している限り、個人と社会との隔たりは大きい。ユニットとユニティをつないでいるのは何か?そのことに気づいて、人と自然の触れあう生活環境を育み、損なわれていく生態的バランスを取り戻していくことが大きな課題である。 それは意識のレベルでさまざまな束縛と戦い、人間性を希求することであろう。多様性の影に潜んでいるユニティに気付くことはユニットの自由を回復することにつながる。ユニットとユニティを結ぶコミュニティの場が必要だろう。ユニティへ向かうユニットの性質(個性)を見直さなければならない。 そのことは、地域の文化活動の高揚と深くかかわっていくと思う。人は表現行為を通じて無意識のうちにも神に近づきたいと願っている。 文化の概念を人間的表現の集合形態として捉えるなら、コミュニケーションの受皿としての地域環境の再編は草の根の意識変革から始まるのかもしれない。

「多」の傾向が進む一方で生命環境は危険にさらされ、日常生活は活気を失っている。そうした状況の一端で豊かさの真価が問われ始めている。

培われてきた生活文化の視点を踏まえて、地域の伝統を絶やすことなく、人の心を育む新たな価値基準を築いていくことが望まれる。

空間が物を生み出す性質を持っているように、時間が物を変化させるように、人間は神に近づこうとする性質(人間のダルマ)を持っている。個人がより開かれた意識へ向かう傾向を個性と呼ぶなら、そこに人間的な豊かさを見出すことができる。個性はハーモニイを保ち、そのエッセンスは人間性の奥に、そしてその真髄は霊性の内に潜んでいる。社会集団が一人一人の意識の進展に目を向ける時、人びとは物・心・霊のバランスのとれた人間象、地域像を描くだろう。「多」の中に現れる外観のすべては内的に一つにつながっていることに気づくだろう。  霊性を高めることが新しい価値観として普通に受け入れられるだろう。

人びとの関心は物的対象を離れ、心は特定の集団感情を越えてひろがり、霊性を芽ばえさせる喜びを知るだろう。  宇宙意識に目覚めた人たちが世界各地に誕生して宇宙家族のコミュニティを作り始めるだろう。その時、地球は宇宙に浮かぶ一つの島。“世界は大きな人間であり、人間は小さな世界である”という格言のように、人間は宇宙的存在としての自覚という新たな認識を持つことができるようになるだろう。  日常生活のレベルでユニバーサルな視野をひろげることは、開かれたコミュニティを展望するうえで重要だ。精神風土をいかに開墾し、霊性の種を蒔く畑を耕していくか。草の根の愛と知恵と行動が求められている。

雑誌掲載;住宅建築別冊・41『南東・沖縄の建築文化』-その2・今日の住まい30題と伝統民家論 1991年9月発行、(2015年10月、一部加筆)

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